忍者ブログ
浅倉 健一がだらだらと書き連ねるブログです
<<05   2025/061 2 3 4 5 6 78 9 10 11 12 13 1415 16 17 18 19 20 2122 23 24 25 26 27 2829 30   07>>


×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 今日は短編小説です。


 夢を見ていた。
 それは見慣れた夢だった。
 夢を見ていた。
 それは今まで幾度も幾度も見てきた夢だった。
 夢を見ていた。
 それはどれだけの時間を費やそうとも消えることがない夢。記憶の中核に貼り付いて離れない事象。
 夢を――見ていた。


 街から煙が上がっている。こんなにも雨が降っているのに、もうもうと立ち昇る死の煙。
風に乗って漂ってくる臭いに背筋がゾッとする。まるで喉の奥の奥を棒でつつかれたみたいに、吐き気がして堪らなかった。
 見てはいけない。そんな脳の危険信号をよそに視線だけが街の端から端までを見渡していく。
まるで誰かが視線に糸を絡めて引っ張っていくみたいに、次から次へと情報が頭の中を支配していった。
 ぬかるんだ地面には何が転がっている。いや、埋め尽くしているといった方が正しいのか。覗いているのは転がっているモノの方ではなく、グチャグチャになるまで水分を含んだ地面の方だ。
 それらは一体何なのだろう。酷く不完全な形をした物体。たごまっている部分を広げたら、きっと漢字の大のような形になるのだろう。
 しかし欠けている。決定的なモノが欠けている。文字としても存在せず、またモノとしても有り得ない。それに気付いて後ずさりすると、雨とは違う水音が鼓膜に響いた。
 ぬちゃり。そう形容するのが正しいだろう。しとしとと音をたてる雨音の中で、それはまるで直接耳の穴に投げ込まれたように鮮明だ。
 気が付けば駆け出していた。横棒から突き出る線を失った『大』の字の大群を駆け抜け、形を失った建造物から目を背け、たった一つのものを探して走った。
どこをどう駆け抜けたのかなんてわからない。ただただ身体が精神を無視して足を動かす。暑くもないのに汗が滲んだ。身体はかじかむくらいに寒く、雨の中での呼吸は窒息するくらい苦しい。
 やがて足が止まる。身体に覚え込まれたレーダーがこの場所だと告げていた。この街で一番に大きな建物の前。そして今は瓦礫と不完全な大の字だけがゴロゴロと転がっているだけの場所。
 不意に耳に届いた小さな音。普通なら気が付かないくらいに些細な音。この音を拾いさえしなければ、或いは結果は変わっていたのかもしれない音。
その音は届いてしまった。まるで罪深き者に自らの罪を自覚せよとでも云うように。悪戯をした子供の眼前に証拠をつきつけるように。
 不完全な『大』の字の山奥に、たった一字の『大』を見た。字を覚えたての者が書いたみたいによれよれした大。何度も消しゴムで消して書き直したみたいに汚れた大。
それでもその大の横棒からは線が出ていた。どんなによれよれでも、どんなに汚れていても、それは完全なる『大』だった。
 抱き上げる。助け起こす。力の限りに呼びかける。その街で唯一残った完全な『大』は、やがてそれだけが持つ部位に施された二つのセンサーを開いた。
 声が枯れそうだった。喉に突っ込まれた棒が休みなく動いている。双眼を擦り抜けていく煙が視界を阻む。
けれどそんなこと気にも留めず、壊れたテープレコーダーみたいにその名前だけを呼び続ける声が木霊していた。
 小さな少年の描いた『大』がその唇を開いた時、唯一絶対であったはずの存在は壊れて消えた。
 音を立てて腕の中からずり落ちていく不完全な文字。地面に跳ね返り、濡れそぼった頬を染める真紅の粘液。膨大な情報が脳を掻き毟る。目がちかちかする。息をするのも忘れるくらいに真っ白だ。
誰かが動かす喉の奥の中の棒。二本に増えたそれは一本が体内へと侵入し、腹の中で這い回る。それはもはや棒ではなく、鋭利な牙を持った蟲だった。

 ――カサカサ。ガサゴソ。カサカサ。ガサゴソ。カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ――

 身体の内が食い破られる感覚の中、鼓膜の中に飛び込んできたのは、誰かが嘲笑する笑い声だった。

 

 

 ――頭部を失った遺体の山と鮮血の海の中で、彼は誰かの悲鳴を聞いていた。

 

 

 

――――『LIFE』――――

 


 急激に覚醒する意識。不意に投げて返された身体の感覚に、まるで泳ぎ方を忘れた魚のように彼はもがいた。
 指先の感覚が戻る。続けて身体全体が自分のものになり、その次は聴覚がその手を上げた。挙手したものから投げ返される感覚が、次々に彼を現世へと連れ戻していく。
除々に鮮明になっていく現実の世界。やがてほとんど全ての感覚が自らの役割を取り戻した頃、彼はようやく誰かの声と手によって揺り起こされていることを自覚した。
「――・・ブン、イレブン」
 暫くの間太陽に向けていたビデオカメラを急に元の位置に戻したみたいに、焦点が少しずつ定まっていく。
我先にと飛び込んでくる光量に目を細める彼は、そこに懐かしい少女の面影を見た。
「大丈夫ですか?酷くうなされていたようですけど、何か恐い夢でも・・?」
 心配そうに覗き込んでくる大きな瞳。純度の高いエメラルドみたいな二つの宝石が、心配に歪んでこちらを見ていた。
 光を跳ね返して輝く茶色のショートヘア。癖の強い髪質だというのに、触ればきっと柔らかいに違いない。
よく手入れされたそれは、触れるだけで罪を負うのではないかと思えるくらいに高潔だった。
 優しく奏でられるハープみたいな声色。身を委ねれば全てが許されるのではないかとすら思う感覚の海の中で、彼はまだ自分が半分夢を見ているのだということを知った。
「・・イレブン?」
 彼がそれを自覚した途端、少女はその姿を失った。
 代わりに現れたのは別の女性だった。少女とは似ても似つかないやや薄い金色をしたロングヘア。トパーズの瞳。
その白くてきめ細やかな掌が頬に当てられている。汗が滲み出るくらいに熱くなった身体にその掌はひんやりと気持ちよく、同時にかじかむくらいに冷えきった身体にその掌は酷く温かかった。
 もはや見るはずもない少女の幻影。
消え去ることなく重くのしかかってくるその姿を夢に見たことを自嘲する彼は、頭上から降ってくる声が変わらず心配の色に染められていたことと、色彩を変えた瞳が少女の瞳と全く同じ色をしていることを知った。
「テン」
 喉はからからに乾いていた。絞り出した声は掠れていて情けない。きっと自分が同じように名を呼ばれても、その音が名前を呼んだのだということに気付きはしないだろう。
それでも彼が発音を終えると、女性は心底安心したように胸を撫で下ろした。頬に当てられたままの掌がやや湿っていることに気付くのに、彼は数秒の時を要する。
「良かった、イレブン。呼びかけても反応がなかったから、もう起きないんじゃないかと心配しました」
「・・心配をかけてすまない」
「いいえ。・・大丈夫ですか?」
「あぁ」
 目が醒めきると途端に埃臭い空気を自覚した。テンの顔を通り抜けた向こう側にある古ぼけた天井は、今にも悲鳴を上げて崩れてきそうだ。
あちこちヒビの入った窓ガラスからは上り始めたばかりの太陽光が覗く。ずっと遠くのあるビルに隠れてもなお眩しい朝日に、慣れない双眼がちくりと痛んだ。
 忘れ去られた戦場の傷跡。もはや周囲に住む者もなく、放り捨てられた廃墟の街。その中にたった一軒、時の風化によって滅びることを先送りにされた小さな家屋。そこがその日の彼等の寝床だった。
 クロウ・エリュシオンや葉月 翠、松浦 輝等を始めとした特異点達と闘いを越えてから数日。元イレブンと元テンはこうして空き家などを転々としながら旅を続けている。
その行き先をテンは知らなかった。しかしそこははライド・チェイサーを持つイレブンが自らの足のみで歩いて向かいたいと願う場所。テンに共に来て欲しいと願った場所。
そして彼にとって大きく、そして重い意味を持つ場所だった。
 そしてそんな旅もそろそろ終点を迎えようとしている。毎日を歩き続けるごとに間隔の短くなっていく廃墟の風景。
少しずつなくなっていく人やレプリロイド達の気配を考えれば、何を云わずともそれを理解することができた。
「気分は落ち着きましたか?」
「あぁ、大丈夫だ」
「酷くうなされていましたね。余程恐い夢を・・」
 起き上がろうとして、テンに制される。固いはずの壊れかけたベッドの上で頭が痛くならなかったのは、テンが膝を枕にしていてくれたからだとようやくわかった。
 駄目です。まだ夜も明けきっていないので、暫く横になっていて下さい。柔らかながらも有無を云わさない口調に、イレブンは何も云い返すことができずそれに従った。
「・・思い出していたんだ」
「思い出して?」
「うん」
 眼を閉じる。まるで録画しておいた映像を再生するみたいに、目の前に夢の中の出来事が鮮明に蘇ってくる。
十年の半分以上は昔に起きた出来事。しかし眠るたびに蘇り、決して忘れることのできない記憶。
「話してくれませんか?」
「えっ?」
 不意にそう云われ、イレブンは目を開けた。相変わらずのトパーズの双眼が、じっとこちらを見詰めている。さっきよりもやや眉がつり上がった真剣な瞳。
彼女には珍しくへの字に引き結ばれた口元が、一体どれだけの決意の元でそう発言したのかを物語っている。
「お願いします、イレブン」
 テンは続けた。頬に当てられたままの掌がまた湿り気を増す。緊張しているのは、寧ろ彼女の方だった。
「私にはどうすることもできないかもしれない。しかし、あなたがただうなされている様を黙って見続けるのは辛いんです」
「しかし・・」
「・・やっぱり私では信用に足りませんか?」
 二つのトパーズが不安に歪む。湿った掌が強張るのがわかる。震えるような小さな声で囁く彼女を至近距離で見せられ、イレブンは自分で自分を殴ってやりたいと思った。
 話す必要はない。こんな話をしたところで、彼女に要らぬ負担をかけるだけではないか。そう思い、話すという選択肢すら作ってはいなかった自分。
しかしそれがかえって彼女を不安に陥れていたことに何故気が付かなかったのか。何も云わずただ先を歩くだけのイレブンに、テンがどれだけの無力感を感じていたのか。
 頬に宛行われた汗の滲む掌。固く引き結ばれた小さな唇。寄せられた眉間の皺と不安と決意に挟まれた視線にあてられ、イレブンは静かに口を開き始めた。
 たった三秒間だけの沈黙。それはイレブンにとってもテンにとっても長い長い時間だった。
「・・わかった」
 そう云って頷いたイレブンに、テンはただ一言だけの返事をする。
「はい」
 イレブンは目を瞑る。目を瞑り、静かに語り始める。視界を遮ればすぐにでも蘇る情景を、静かに、そして根気よく。
「オレはかつてイレギュラー・ハンターだった」
 ――人を模した機械。もう一つの人類。レプリカ・アンドロイド・ヒューマン。電子頭脳に異常をきたしたレプリロイドを取り締まる組織。
「ロックマン・コード。それがオレに与えられた名前だ」
 ――遙かな昔より伝説として語り継がれてきたROCKMAN。現代に生きるROCKMANとして生み出された自分。そして数日前に激戦を繰り広げた蒼の髪の少年の名前。
「オレは常に闘いに疑問を抱いていた」
 ――異常者だと決めつけ、破壊するだけの闘い。殺し殺され、必ず誰かが涙を流さなくてはならない連鎖。終わらぬ回廊を越えたかった。
「幾つもの闘いを切り抜けた。イレギュラーを止め、反乱した兄弟とも闘った」
 ――地球の自然を護りたいと願った兄。対して自分が願ったのは、生きる者達全てが幸せに歩める世界。それを願い、闘い続けた。
「悩み続けた。人々を護るためだと云い、敵を倒し続ける自分に」
 ――ああするしかなかった。こうしなければ被害は広がっていた。頭ではわかっていた。けれど、それを認めることはできなかった。
「次こそは、次こそは」
 ――次こそは殺さずに闘いを終わらせたい。次こそは闘いが起きることを止めたい。次こそは・・。
「苦悩し続けたある日」
 ――あの運命の日。
「オレは敵を見逃した」
 ――命ごいをする敵に止めを差すことなどできなかった。これで良かったのだと。
「その日オレは男の子と仲良くなった」
 ――病気で伏せっていた小さな男の子。いつかは自分のようになりたいと、みんなを護りたいと、そう云っていた健気な子供。
「必ず街の平和を取り戻すと約束した」
 ――降り続ける雨。それを止めに行くと、約束した。
「しかし街に戻ったオレが見たのは」
 ――悩み続けた少年が見たのは。
「破壊された街」
 ――頭部を失った人々の死体が所狭しと転がる街。レプリロイドの残骸が転がる廃墟。
「死に物狂いで男の子を探した」
 ――風に乗った死の臭い。押し寄せる吐き気。ちかちかする視界。
「男の子は生きていた」
 ――腕の中で目を開けた子供。その子供は、かつての自分の名前を呟きながら・・。
「目の前で殺された」
 ――ずるりと音を立てて滑り落ちる身体。跳ね返る赤。頬を濡らした血、血、血。
「笑い声を聞いた」
 ――嘲笑する笑い声。耳の奥の奥に響く、けたたましい騒音。
「殺したのは」
 ――笑うのは・・
「オレが見逃した敵だった」
 ――貴様が殺した。そう云って奴は笑った。
「オレが奴を見逃したばかりに」
 ――貴様の甘さがコイツ等を殺したのだと、奴は笑った。
「オレの甘さが」
 ――貴様が殺した。貴様が殺した。貴様が殺した。キサマガコロシタ。
「男の子を、街の人々を・・・」
 ――ボクノアマサガ、
「殺した」
 ――カレラヲコロシタ。
「何故こんなことになったのだろう」
 ――それは奴を見逃したから。
「何故彼等は死ななくちゃいけなかったのだろう」
 ――止めを差さなかったから。
「そもそも、どうしてこんな・・」
 ――それは闘いが起きたから。
「どうして・・・」
 ――闘いさえ起きなければ、誰も死なずに済んだのに。
「・・どうして・・」
 ――闘いさえ起きなければ・・。
「・・・・」
 ――闘いさえ起きなければ、誰も死なずに済んだ。誰も死なずに済んだ。誰も死なずに、済んだ。
   闘いを起こす者は何だ。何故闘いは起きるんだ。闘う力なんて存在しなければ、誰も死なずに済むというのに。
   ・・なら全ての闘う力を消し去ろう。全てを消そう。自分自身も全て。そうすれば・・――

 

「眠りにつくといつもあの光景を夢に見るんだ。そして最後に云う。『どうして助けてくれなかったの?』と」
 テンは何も云わない。ただ目を背けることなくジッとイレブンの瞳を見詰めながら、感覚全てをつぎ込むように耳を傾ける。
「これはきっと罰なんだ。彼等を殺したオレへの罰。兄弟達を殺したオレへの・・」
「イレブン」
 今までずっと口を開かずに聞いていてくれたテンが初めて口を開いた。イレブンの言葉を遮るようにその名を呼ぶと、ぎゅっとその身を手繰り寄せるように抱き締める。
 目頭が熱かった。呼吸が苦しい。テンの名を呼ぼうと思ったのに、疑問符を表そうと思ったのに、何故か喉が詰まって声が出ない。
次から次へと迫り上がってくる嗚咽に気付いた時、イレブンは初めて自分が泣いているのだということを知った。
「・・ごめんなさい。辛いことを思い出させました」
 そう言ってテンが両腕に力を込める。首を横に振ろうと思ったけれど、テンの両腕はそれすら許してくれなかった。
「何が悪くて、誰の責任なのか。そんなことを軽々しく云うことはできません。けれど・・」
 けれど、ともう一度云ってから、テンはまたぎゅっとイレブンを抱き締めた。
「・・あなたが自分を責め続けても、飛鳥さんは喜ばないと思います」
「どうして、その名前を・・」
 飛鳥。近藤 飛鳥。それは紛れもなくあの時に殺された男の子の名前だ。
「うなされている時に呼んでいた名前です。男の子の名前なのでしょう?」
 イレブンは頷いた。
「・・上手く云えません。でも自分を責め続けるイレブンに、飛鳥さんは悲しんでいると思います」
「でも・・」
「イレブン」
 名を呼ばれ、イレブンは顔を上げた。強い眼差しを持ったテンの瞳が、そこにはある。
「あなたがすべきなのは自分を責め続けることではありません」
 イレブン、あなたがすべきなのは――
「同じUnknown Rulersのメンバーだった私に、偉そうなことなど何一つ云う資格などはありません。でも沙坂さんやグラーヴェさん達の言葉を思い出して下さい」
 沙坂 那渡。グラーヴェ・サスフォース。彼等は決してイレブンを責めようとしなかった。
「生きましょう。生きて、償うんです。飛鳥さんの分まで。ご兄弟の分まで。だから・・」
「・・・うん」
「・・ごめんなさい。自分から話せと云ったのに、こんな説教じみたことを」
「テン・・」
「でも覚えていて下さい」
 テンの腕の力が抜ける。イレブンが彼女の顔を見上げると、テンは眩しそうに窓の外を見ていた。
 いつの間にか夜が明けていた。赤く染まった東の空の朝焼けは、さっきよりもずっと温かくて眩しい。
「私はついていくと決めたんです」
 そう言ってテンは笑った。イレブンが見る、彼女の初めての笑顔だった。

 

 イレブンの涙が乾いた頃、二人は出発した。

 


 イレブンの背を追って歩き続けて数時間。ちらほらと感じていた人の気配が完全に消え、瓦礫だらけだった廃墟も見えなくなった。
 代わりに墓地が広がっていた。広い広い墓地だった。端っこの方は霞んでしまって見えない。
視線だけで墓地の数を数えてみるが、三桁に入ったところで視界に納まりきらなくなり、数えるのを止めた。それくらいに大規模な墓地なのだ。
 墓石の種類も様々だ。単に不格好な十字架が立てられているだけのものがあれば、墓石に字が彫り込まれているだけのものもある。
中には石が直接置かれているだけのものがあったり、半壊した剣に名前が彫られているものがあったりと多種多様だ。
 それらの一つ一つを確認しながら歩いていくイレブン。その背を追って歩いていると、ここはかつての大戦で亡くなった人々を葬るための墓地なのだと教えてくれた。
「かつて二度の大戦があった。どちらも地球上の人類やレプリロイドが根こそぎ消滅する危険性を孕むほどの規模だ」
 名前を確認するイレブンが呟く。特異点で冷と名乗る冷蔵庫の中に比較的長く滞在していたテンは、イレブンがその大戦の中で闘ったことを知っていた。
 やがてイレブンが立ち止まる。ずっと周りを見回しながら歩いていたテンは不意にイレブンが止まったせいで、その鼻先をイレブンの背をぶつける羽目になった。
 少しだけ赤くなった鼻を摩りながらイレブンに抗議をすると、彼は一言すまないと謝ってから横に一歩ずれる。
そしてそっと自分の影に隠れていた墓石を指し示した。周りの墓石とは明らかに違う四つの墓石。疑問符を浮かべるテンにイレブンは云った。
「ここがオレの目的地だよ」
 そして順番に四つの墓石を見て、まるで目の前に本人がいるかのように紹介する。
「兄の響、弟の海、そしてヒカルだ」
 それぞれの名が彫られた墓石。左から師道 響、松浦 海、ヒカル・チェレスタと並んでいる。
「ヒカル・・さん」
 ヒカルという名を聞くのは初めてではない。特異点に滞在していた頃、会話の端々で何度も聞いた。
闘いを終えたイレブンがテンに声をかけた時もその名を聞いている。何より、うなされたイレブンが口にするのは大抵が飛鳥とヒカルのどちらかの名前である。
 ――テンが知っているヒカル・チェレスタの名を持つ者は、松浦 輝の恋人だった。
「ただいま。響、海・・ヒカル」
 墓石の前に跪き、イレブンはゆっくりと順番にそれらの名を呼んだ。
「ただいまなんて気軽に云えるわけがないよな。わかっている。みんなが怒っているのは百も承知だ」
 眼を閉じ、祈るようにイレブンは語る。
「・・ごめんなさい。今更許されるとは思っていない。でも、ごめんなさい」
「・・・」
「・・ごめんなさい」
 三度、イレブンは繰り返した。背が震えている。泣いているのだろうか。
いや、泣いてなどいない。彼等の前で泣くわけにはいかないのだ。
「・・オレ、生きるよ。どれだけのことができるかわからないけど・・償いたい」
 オレが殺してしまったみんなへの償い。死なせてしまった飛鳥達への償い。Unknown Rulersとして襲いかかり、殺してしまった友人達への償い。
「やっと気付いたかって・・?そうだね、大馬鹿だったね響。今更過ぎるって・・?自分でもそう思ってるよ海」
 まるでお互いからかい合うみたいに喋り、笑うイレブン。けれど背を向けるイレブンが必死に何かを堪えていることを、テンはわかっていた。
「・・ごめん、ヒカル」
 イレブンは謝った。そんな言葉では足りないかもしれない。墓の前で謝るのは今更過ぎるかもしれない。けれど、心の底からイレブンは謝っていた。
 ごめんなさい、とイレブンは云った。その言葉にはどれだけの想いが込められているのだろう。
謝るのは殺してしまったことか。いやそれだけではない。もっと何か重い何か。言葉にできない想いがひしひしと伝わって、テンは胸の奥が痛むのを感じた。
『輝』
 誰かがその名を呟いたのを、テンは確かに聞いた。自分達二人以外の誰もいるはずがない広い墓地。誰かが近くに来たのならばすぐにわかるはずだ。
 一体誰の声だろうと周囲を見回しても誰もいない。空耳だったのだろうか。いや、空耳などでは断じてない。不思議とテンはそれを確信することができた。
イレブンの前に向かい合うように茶髪の少女の姿がぼんやりと見えたような気がしたからだ。
「ヒカル・・さん?」
 思わずテンが呟くと、少女の姿はこちらを向いてニコリと笑った。
『命さん』
 ゆっくりと少女の口が動く。声は聞こえない。けれど頭の奥に直接響くように、自分の名を呼ばれたのだとテンは知った。
『輝をよろしくお願いします』
「ヒカルさん、あなたは・・」
 テンが訊ねるより前に、少女の幻影は再び笑みを浮かべると、突然吹いた風に吹き散らされるように掻き消えた。
 後には何も残らない。残っているのは跪いたまま墓石を見詰めているイレブンの後姿だけだ。
 夢だったのかと頬を抓る。いや夢ではない。その証拠に頬はちくりと痛んで本体に抗議する。何よりも少女の笑みが目に焼きついて離れようとしなかった。
「い、イレブン・・今ヒカルさんが」
「えっ?」
「い、いえ、なんでもないです」
 首を横に振ってテンは話を切る。それからそっと両手を合わせて目を瞑り、静かなる祈りを捧げた。
 ヒカルさん。私が彼に何をして上げられるのかはわかりません。けれど、この先ずっと支えていきたいと思います。どうぞ安らかにお眠り下さい。
「・・じゃあ、また来るよ」
 一頻り語り終えたイレブンが立ち上がった。
振り返った彼の顔は少しだけ泣きそうだったけれど、ずっと重くのしかかっていた何かが消え去ったように綺麗でもあったように思う。
 そっと彼の右手を握る。Unknown Rulersに所属していた頃は存在しなかった右の腕。それがまたなくなってしまわないように、ぎゅっと力強く。
「テン?」
「イレブン、ヒカルさんてどんな方だったんですか?」
 突然の行動と問いにイレブンはやや面食らったように瞬きをしていたが、やがてふと空を見上げて云った。
「優しい子だった。何かこう不思議な何かを持っていて、一緒にいると安らいでいる自分がいたんだ。オレの専属のオペレータで、心強い味方でもあった。
 辛い時や悲しい時、彼女の笑顔を見ると何もかもが吹っ飛ぶ気がしたんだ」
「・・好きだったんですね、彼女のこと」
「うん・・」
 でも・・とイレブンが呟いた瞬間、テンにかかっていた重力が消えた。
「きゃっ」
「今のオレには君がいる。そうだろ、命」
 不意に抱き上げられ、テン――右京 命は狼狽する。両腕がしっかりと支えられ、至近距離で見るイレブンの青の瞳。
何もかもがUnknown Rulersにいた頃には有り得ない。こんな風に身体が熱くなるのも、きっとあの頃の自分では考えられないことだろう。
「・・もう、何度云えばわかるんですか」
 赤くなった顔を見られるのが恥ずかしくて、命は思わず顔を逸らした。
「私はもう少しムードのある場所でその・・」
「ご、ごめん」
「・・輝の馬鹿」
 命はぎゅっとイレブン――松浦 輝にしがみつき、その胸に顔を埋める。
 からかい半分、安心半分といったような顔で、ヒカルと飛鳥がこちらを見詰めているのを、命は確かに見た気がした。

 四つ目の墓石に彫られた名は松浦 輝。輝と命はこっそり墓石を裏返し、イレブンとテンの名を残していくのだった。

 

 

 数日後、命を連れた輝はDr.ルビウス等と再会することとなる。ロックマン・コードとして隊に復帰することを勧められる輝がどのような決断を下したのかは、また別のお話。






――――――――――――――――――――――――――――――――――

本当はGET&GIFTとして更新物にしたかったのですが、事情を知らないとダークでしかない話なのでこちらでUPすることにしました。
キャラチャ内で発生したキャラクター、イレブン(未来輝)とテン(右京命)の短編「LIFE」でした。命さんはえむっち(白夢さん)よりお借りしています。性格とか把握しきってなくてゴメンね!
命さんは金髪の和服美人のお姉さんです。可愛い人です、はい。

事情がわからない人のための簡易説明。

イレブン:松浦輝(ロックマン・コード)の第三の未来の姿。年齢は22歳。コードⅡにおけるジェノ化の影響を最も受けた状態の輝であり、原作のように途中でジェノ化を解除されることなく成長した姿。響と海、ヒカルを自分の手で殺害しており、フェルマータ軍もジェノサイド・アーマーの圧倒的なパワーによって撃破している。後に正気に戻るが自らの行為に絶望してしまい自決を図るが、フェルマータより感染したフェルマータ細胞の影響によってそれもままならず、現在まで生き続けていた。自らのミスで死なせてしまった近藤飛鳥や街の人々に懴悔の念を抱いており、八年もの間自らを責め続けて生きてきた。後に特異点(チャットルーム)での抗争内にて自らのもう一つの姿(原作の輝)を始めとした面々と戦闘し、敗北。その時説得されることでようやく自責の呪縛から解放され、生き続けて償うことを決意し、現在に至る。右京命とは結構古参の付き合いで、輝との戦闘後にプロポーズすることで結婚した。命さんからはムード作りが下手な人とよく云われる。原作の輝同様センスがちょっとズレていたり、苦労人だったりする。その戦闘能力は原作の輝を大きく上回り、徳川健次郎(ロックマン・セイヴァー)を生身で圧倒するほどに高い。
「LIFE」後にハンターに復帰したかどうかは不明。


テン(右京命):イレブン(未来輝)の奥さん。金髪黄眼の和服美人。年齢は20代らしいが、健一的には21歳。やや遠い目に儚げな印象を持つ。様々な異世界を渡り歩き、自らの故郷も知らないため、一種の孤独感を漂わせていた。森羅万象を司る剣士でもあり、その外見に反して戦闘能力は非常に高い。恐らく正面から闘えば原作輝と互角かそれ以上の力を発揮するだろうと推測される。イレブンとは実は結構古い知り合いだが、付き合っていたかどうかは不明。料理は得意らしいのだが何故かカレーライスには(作者権限という)呪縛がかかっているらしく、ご飯がおかゆになったりルーが焦げたりと散々な目に。でも本当はとっても料理上手の筈。
現在は本来の姿を取り戻したイレブンやその他の面々との触れ合いの中で少しずつ明るくなってきており、従来の孤独感は影を潜め始めている。作中においてイレブンに自らの意見を貫こうとしたりと、少しずつだが自分を出し始めた(ただし健一的設定のため白夢さんのそれとは違う可能性は大きい)。
生きる決意をしたイレブンにプロポーズされ、彼にムードがないと駄目だしをしつつも断ることはなく、右京命から松浦命へ。その後の生活については現在は不明だが、きっと上手くやっていけるはず。
健一的設定では「見える口」の人。


松浦輝:イレブンに対して原作Ver.の輝のこと。常に輪ゴムを携帯し、途中から戦闘に参入する際はそれを発射しながら出てくることが多い。チャット内では顔が広く、よく敵に狙われるため、よく「輝ハーレム」という言葉が挙がる(ただし敵や男性が相手でも一緒くたにハーレムと呼称されるため羨ましがられることはない)。また惚気一族のトップクラスとしても有名。なんだかんだで酷い目に遭う。アナザーヴレイヴでは死亡している。コード・ヴァイスナーとの修行で強くなって少しはイレブンと闘えるようになったが、まだまだ届かなかった。仲間達の協力もあってなんとか勝利。因みにコイツの世界のヒカルは死んでないので、輝ヒカは健在である。イレブンが命さんを好きな理由を知っている。輝から見て命さんは好みらしい

コード・ヴァイスナー:輝に似てるけど本当は別人の異世界人。今回は名前すら出てこなかった。ヴァイスナー家の始祖にしてヴァイスナー家最強の剣士。今回は輝の修行相手であり、師匠にも近かった。健一キャラで唯一イレブンの実力に追い付けた人。ここで紹介される意味は皆無。

ヒカル・チェレスタ:輝の恋人。イレブンの元片想い相手だが故人。コード・ヴァイスナーの奥さん(ただしこっちは別人)。こちらもなんだかんだで酷い目ばかりに遭う。さらわれたり乗っ取られたりと作者からの扱いは散々である。三つの未来が確認されているが、生存しているのはその内一つのみというとんでも設定。金髪和服の儚い美人な命さんに対し、こちらは茶髪ショートのやや活発な印象。因みに超能力が使える。命さんと同じく「見える口」の人。ゲームが得意。作中では幽霊として出てきたが、台詞は二つしかないとことん不遇。やはりここで説明する意味はほとんどない。

健一:この小説の作者。惚気作家と名高い。書いてみたかっただけ。

白夢さん:命さんの生みの親。通称えむっち。和やかキャラを書かせたら右に出る者はいない。

グラーヴェ・サスフォース:ハミ毛。劇中では名前だけ。


拍手[0回]

PR
[36] [35] [34] [33] [32] [31] [30] [29] [28] [27] [26]  

Comment
Name
Title
Color
Mail
URL
Comment
Password   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
Trackback
Trackback URL

Category
New Artical
 
New Comment

[Login]  [Write]  [RSS]


カレンダー
05 2025/06 07
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
フリーエリア
最新コメント
[05/27 クッサ]
[05/13 backlink service]
[11/18 blazer]
[10/27 blazer]
[10/16 蒼雷 光水]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
浅倉 健一
年齢:
36
HP:
性別:
男性
誕生日:
1989/06/04
職業:
大学生
自己紹介:
バーコード
ブログ内検索
P R

忍者ブログ [PR]
 Designed & Photo  by chocolate巧